海の底

 私はプロジェクトの関係で那覇に在住している。
 京都の友人が、沖縄に来るというメールをくれた。

 3泊できるし、美ら海水族館には行ったことがあるというので、石垣島に行くことを提案した。

 滞在一日目は竹富島でグラスボートに乗ったが、二日目はシュノーケルをやろうということになり、業者に申し込んだ。

 簡単なトレーニングの後、碧玉の海へと向かう。

 初めて肉眼で見るサンゴの海底。
 聞こえるは水の音、わが呼吸のみ。

 美しい青緑と深い闇。その死のような底に向かって、危うく心ごと吸い込まれそうになってしまう。

 我に返って浅瀬に戻る。

 何度もそれを繰り返す。

 あれはいったいなんだったのか。

 日常に辟易したときに感じる、ネガティブな「死」への思いではない。

 それは、「その先に何があるのか?」、という漠然とした、それでいて積極的な、かなり危険な「死」への憧れではなかったか?

 ある地点を境に、潮の流れが沖へ沖へと向かう力を感じて、友の方へ引き返した。
 

 私には全く聞こえなかったのだが、声が嗄れるほど、何度も私の名を呼んでいたのだという。

給食当番

中学時代に同学年(別クラス)に鉄っちゃん(鉄道オタク)が居た。
彼も僕も小学生に戻っている(ちなみに実世界では小学校は一緒ではない)。
彼が給食当番で、当番服を着ておかずのから揚げを金属のお皿に盛り付けていた。
あるタイミングで、まだ手元にたくさん残っているのに、から揚げの残りがほとんど無くなっていることに気付く。
お皿一枚あたりに盛る量のバランスが悪いのだろうと思っていたら、違った。
クラスの数人のならず者が、「いただきます」の号令の前にフライングしてから揚げを平らげ、鉄っちゃんにおかわりを求め、彼がそれにすんなり応じていたからだった。
僕は思わず「お前、断れよ!」と語気強く鉄っちゃんに向かってツッコミを入れた。
かれは白い当番服のまま教室の出入り口の自動ドアのところまで、肩を落としてトボトボと歩いて行った。
ああ、鉄っちゃんではなく、ならず者達に注意するのがスジだったな、俺ってただの小心者やん…。と自省しかけたところ、鉄っちゃんは自動ドアの外からこっちにベロを出して笑っていた。
殺意に近いものを感じた瞬間、自動ドアが閉まった。

モヘヤ猫

実家の二階にある部屋から、一階の玄関に向かって降りて行く途中、モヘヤでできた猫が近寄ってきて、僕の匂いを嗅ぎ始めた。何かの匂いを探していたらしい。しばらくは匂いの主が僕であることを疑っているのか、僕の匂いを楽しんでいるのか、スノッブがワインの香りをわざとらしく楽しむように、目を閉じて顎を上げ、首を振って恍惚としている。
我に返って匂いの主が僕であることを認めると、モヘヤ猫は頬を赤らめて去って行った。
居間に入ると、普通のサイズのゴキブリが動き回っていて、家族が総出で混乱していた。
ピストルで一発撃って、10メートル先の壁のところに居る奴を仕留めたが、兄が、
「弾の数が少ない。無駄遣いするな。」と、表情を変えずに言った。

出戻り就職

仕事仲間のM氏と、前居た会社に戻っていた。
会社の執務室が、小学校の教室そのものになっていて、そこで机を向い合せにしてキーボードを打っている。
社長が入って来て、教壇に立って教師のように振る舞っている。
別の社員が遅れて教室(執務室)に入ってきた。
社長(教師)は遅れて入ってきた社員に向かって、嫌味たっぷりに、静かな声で、「余裕ですね。」と言った。
僕は、僕が随分過去に捨てた、自分自身の嫌な部分をたっぷり持っている、この男(社長=教師)が嫌いだった。言動のひとつひとつが、傍から見ていて恥ずかしかった。
知らないうちに出戻り就職していることに気づいて、「あれ?俺、給料いくらでこの会社に戻ったのかな?」と思った。